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給湯室に放置されたカップ麺、成人しても「片付けられない大人」の歪んだ心理

私が現在勤務しているオフィスには50人ほど在籍している。

全員が同じ会社の所属というわけではなく、各社から派遣や出向で集まっている。

多様な背景を持つ人々が集まる職場では、クライアント側が基本的なルールを定めているのだが、中には全く守れない人間もいる。

最近、目を疑ったのは、給湯室に「食べかけのカップ麺」がそのまま放置されていたこと。

給湯室には残り物は三角コーナーに捨てて、カップなどのゴミはフロア内のゴミ箱へ捨てるよう書いた張り紙がある。

仮に張り紙がないとしても、自分で食べたものは片付けるのは当然であり、基本的マナーであるはずなのに、なぜそんな人間が存在するのだろう。

中学高校の未成熟な学生ではなく、成人した『良い大人』が、である!

むしろ小学生の方がしっかりしている。

なぜ「放置」ができるのか。マナーを置き忘れた大人たちの心理

それにしても、良い大人が食べかけのカップ麺をそのまま給湯室に放置するとは、全く信じられない話である。

子供ならいざ知らず、いい大人がなぜ自分のゴミを片付けられないのか。

そこには、大人特有の歪んだ甘えがあるように思えてならない。

  • 「誰か(掃除担当)がやるのが当然」という傲慢さ
  • 単純に後片付けを「面倒」と切り捨てる幼さ
  • 片付けしないことを格好いいという思い違い
  • 「誰も見ていないからいい」という自律心の欠如

おおかた、こんな理由なのだろうが、これを心理学上ではどういう分析をしたら面白いかもしれない。

公共の場での振る舞いは、そのままその人の人間性や仕事への姿勢を映し出す鏡だ。

小学生でも教えればできることが、大人になってできない。

それはもはや「知らない」では済まされない恥ずべきことではないだろうか。

 

きっと、片付けができない人は自分の部屋も汚いのだろう。

自分の部屋が汚いのは知ったことではないが、皆が集まる場では、必要最低限のマナーは身につけて欲しいものである。

世の中には、思った以上に精神が子供のままの大人が多いようだ。