先日、SNSで焼肉をするときにトングを使い分けるのは常識だという投稿を見て衝撃が走った!
それと同時に自分の無知を恥じ、アラフィフになっても世の中には知らないことはたくさんあるものだと改めて認識した。
そして、同時に学びには謙虚な姿勢が必要だとも感じた。今回はその辺りについて取り上げてみる。
肉を焼く前と焼いた後のトングを分ける理由
元の投稿は消えてしまったようだが、焼肉するときにトングを分ける理由について、こんなコメントがあった。
生肉を触るトングと、焼けた肉を触るトングを意識的にちゃんと分けられる知性派以外のヒトと焼肉に行けない理由です。 火を通した安全な肉を、生肉を触ったトングで触った時点で生肉食ってるのと同じになるって事を理解できないヒトと焼肉は行けないんですよ。
正直、アラフィフになるこの歳まで、そんなこと微塵も気にしていなかった。
私は家族や知人と鍋を囲むとき、普通に直箸で料理を取るのが当たり前なくらいガサツである(もちろん相手によってはやらないこともある)。
なので、焼肉の話を聞いた時も、別に自分で食べる肉だから最初から最後まで自分の箸でやったって問題ないくらいに思っていた。
むしろ、鍋奉行ならぬ「肉奉行」が謎マナーを持ち出して「うるさいな」くらいの認識しかなかった。
しかし、書かれていた理由は、全くもって理にかなったものであり、さすがに自分の無神経さと無知が恥ずかしくなった。

考えてみれば当然の話だ。自分一人の時はまだしも、人と一緒の時は絶対にNG行為である。これを知らずにやっていたとしたら、相手から絶交されても文句は言えまい。
歳をとっても学びの時は謙虚さを忘れずに
今回は焼肉がきっかけだが、今はネットニュースやSNSなどで、昔とは比べ物にならないくらい情報が発信され、その中には今まで生きてきて知らなかったことも多い。
そこから新たな知識を得て、勉強することも多い。
やはり人生は一生勉強であり、生涯学習を続けないといけない。
そして、歳をとっても学ぶときは謙虚な姿勢を忘れてはならない。歳をとると、どうしても素直になれず、人に頭を下げられない人が多いが、それは大きな損失である。
年齢や立場に関係なく、人から教えを乞う時などは、礼を尽くすべきである。「ありがとう」の一言が言えるか言えないかで、これからの人生が変わってくることだってある。
世の中にはまだまだ知らないことも多い、そして今後も様々な人から学んだり、教わることもある。
自分が何歳になっても、素直に相手に感謝を伝えることを忘れずにいたい。
